ビートルズ・ブートレッグ55年目の真実

デッカ・テープス 総論

(Outline of "Decca Tapes")

セクション7  聖杯 「デッカ・テープス」

( Section 7   Holy Grail

 

   Circuit盤と、Deccagoneのシングル・シリーズあるいはJoe Pope氏によるLP「The Deccagones」とは音質に大きな違いがある。Circuit盤はピッチが速く不安定、Joe Pope 氏によるものと比べると音質も落ちるのだが、結果的にはCircuit盤の方がポピュラーとなってしまった。明らかにCircuit盤はJoe Pope氏によるDeccagoneからコピーされたものでは無い。そのブートレッガーは独自にデッカ・オーディション・テープのマスターを手に入れたと考えられるのである。

 1986年に発売された「From The Vault」に同梱されているリーフレットには興味深い記述がある。


← 写真 

1986年に発売されたBOXセットの「From The Vault」、その中に挿入されているリーフレットにはレコードと収録内容の説明が記載されているのだが、「The Decca Tapes」の「Like Dreamers Do」はそもそも、マスター・テープにイントロ部分が収録されていなかったのだという。

 それは「Like Dreamers Do」に関しては、マスター・テープにイントロ部分が無い状態で収録されていたため、完全なバージョンを作成するために曲の後半にあるパートをコピーし編集したとの記載がある。

 これは本当の話だろうか? Deccagoneの録音と聞き比べてみると、その可能性は低いように思える。

 ではなぜリーフレットにこのような記述をしたのだろうか? 何かの間違いか、勘違いの可能性もあるが、少なくともCircuit Recordsが手に入れたデッカ・オーディション・テープは非常にコンディションが悪かったという事実の表れではなかろうか? 

  事実、Misterclaudelが発売したCDHISTORICAL DECCA AUDITION TAPE (mccd-119)」の中には「CIRCUIT RECORD LP MASTER」なるマニア向けのミックスが収録されているが、なぜCircuit盤のマスターがややピッチが速く、疑似ステレオ化されているのかということについて、マスター・テープそのものにダメージがあり、再生時の不安定さを誤魔化すためにそのようなマスタリングにした可能性があると推測している。リーフレットの記述から察して、Circuit盤はマスタリングに苦労し時間を費やしたのではなかろうか。

 さて、最大の関心事であるCircuit Recordsはどうのようにデッカ・オーディション・テープを手に入れることができたのかという点だが、Wizardoは2020年のインタビューの中で、僅かだがデッカ・オーディション・テープに関して口を開いていており、2024年に発売された「Stories Of A Bootlegger Book」という本の中でも、さらに一部補足され記述されている(Page 76,「maddening jack」)。

 まず、Wizardo自身を含め「デッカ・オーデション・テープはありとあらゆる人達が探し求めていた、ビートルズ・コレクターにとっての聖杯(Holy Grail)であった」と語り、「そもそも1968年のハンダー・デイヴィスの本の中で紹介されたことが発端となっている」のだと綴っている。


← 写真 Hunter Davies 著の 「The Authorized Biography」は1968年6月1日が初版。日本版タイトルは「ビートルズ」(草思社・1969年)。

1962年1月1日の記述は詳細ではないものの、そこそこの当日の録音に関する描写がなされている。なぜか「Red Sails In The Sunset 」が演奏されたとの記述があるのだが・・・?

 そして彼が言うにはハンダー・デイヴィスの本から10年たって、ついにデッカ・オーデション・テープはキャピトルのスワップ・ミートで売りに出されたというのだ。

 彼が語ったことがもし真実であるとするならば「ハンダー・デイヴィスの本から10年」は1978年にあたる。

 WizardoグループはDeccagonesのシングル・シリーズから、PYEというレーベルでコピー盤を制作してきたが最初の4枚(PRO 1100~1103)でPYEのシリーズはストップし、1978年夏の(PRO 1104)以降は製作していない。つまりは、自分たちで「デッカ・テープス」を入手したためコピー盤を制作する必要がなくなったということではないか?

 Wizardoが語った話に出てくるキャピトルのスワップ・ミートとは、ハリウッドにキャピトル・レコードのビルがあり、そのビルの隣の駐車場で行われるスワップ・ミート(不用品交換や、いわゆるフリーマーケット、青空市場などと言われる出店者による販売のことを指し、1970年代においてはブートレッグ・レコードも販売されていた)のことを指している。この話で思い出される有名な出来事は「Wings From Wings」の一件である。

 この「Wings From Wings」の件は以前紹介した1996年4月のOC weeklyの記事中に出てくる。(→参照

 Wizardoと行動を共にしていたVicky Vinylは「Paul McCartney & Wings」が1976年にLAで行ったライブ(23th, June)を自分で録音し、3枚組BOXセットとして発売した。この時、3枚のレコードは「アメリカ建国200周年記念」の年ということで星条旗の色である赤、白、青のカラー盤でプレスされた。これは少なくとも10,000セット以上は売れたという。当時彼らのローカルでの販売ルートはこの駐車場におけるスワップ・ミートであったという。これがまた、キャピトルを激高させた一つの要因であった可能性があり、キャピトルの公式盤「Wings Over America」は当初2枚組のリリースだったが、3枚組へと変更を余儀なくされたという逸話が残っている。

← 写真

「Paul McCartney & Wings / 

 Wings From Wings(Idle Mind Production)3LP, BOX set」

1976年6月23日のL.A. Forum(Los Angeles)でのライブを収録。

 OC weeklyの中ではVickyのカセット・レコーダーのランプが光り、目立っていたため、オフィシャル・レコーディング・スタッフが警備員に見つからないような位置に動かしてくれたというエピソードが語られている。

 レコード・プラント「Lewis」の運営者によるアイデアで初版は「BICENTENNIAL Collector's Edition」(アメリカ生誕200周年記念)として、赤・青・白の星条旗の色でそれぞれプレスされた。BOX内側には限定ナンバーもスタンプされている。功を奏したこのブートレッグは爆発的な人気で売れたようだ。

 Wizardoはブートレッグの販売をオレンジ郡のスワップ・ミートから始めたが、この頃もまだ、ローカルでの販売はスワップ・ミートで行われていたらしい。当然、キャピトルのすぐ近くの駐車場でも販売されていたのだろう。

 本当にハリウッドのキャピトル隣、駐車場のスワップ・ミートからデッカ・テープスが売りに出されたのであろうか?

   その真偽は別として、少なくともデッカ・テープスが彼にとって「聖杯(Holy Grail)」であったことには間違いない。仮にこの話が本当ではなく彼一流の比喩的表現だったとしても、彼は何かの事情で故意的に事実を語らなかっただけで、間違いなく1978年頃デッカ・オーディション・テープを独自に手に入れたはずである。

ではCircuit RecordsイコールWizardoだったのだろうか?(それは後のセクションで触れることにする・・・)

 ところで、1979年の時点でCircuit盤Decca Tapesの計画が進行していたことがわかっている。

それはある人物がその事実を明かしたからである・・・。 ある人物とは例の「Untold Story」を書いた人物であった。



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                  ( It became clear, whom "Untold Story" made)」

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