
ビートルズ・ブートレッグ55年目の真実
Section 14 (セクション14) World's Greatest Records
セクション1で紹介したWorld's Greatest盤のKUM BACKの存在がコレクター間で知られるようにあったのはずいぶん後で、1970年中頃に出版されたHot Wacksにはまだ掲載されていなかった。しかし1980年代に入ってからは複数の書籍で紹介されてきた。1985年のビートルズ海賊盤辞典(講談社文庫)ではこのKUM BACKがオリジナルであるかのように掲載され、その当時、コレクター間ではかなりの高値で売買されたりもした。しかし実際はレッド・スタンプKUM BACKの片方だけのチャンネルからのコピー盤であり、音質は貧弱そのものだった。

このWorld's Greatest盤と同一のブートレッガーによるものと思われるブートレッグは数タイトル発見されている。例えば、Bob Dylanの「JOHN BIRCH」「STEALIN'」「ISLE OF WEGHT」、Rolling Stonesの「STONES(Liver Than You'll Ever Be)」The Bandの「LIVE BAND」、そしてBeatlesの「SILVER」 である。

World's Greatest Records が製作したと思われる「KUM BACK」以外のタイトル
写真上段左から
「STONES」「STEALIN’」
「ISLE OF WEIGHT」
写真下段左から
「JOHN BIRCH」「LIVE BAND」「SILVER」
これら共通点はホワイトジャケットに赤い小さめのスタンプ押し、中にはインサートがついているものもある。しかし、何といっても大きな特徴はマトリックスにある。これらすべてのタイトルはオリジナルのマトリックスに似せてデッド・ワックスに書き込んであるのだ。すなわち何からコピーしたかが明らかなのだ。
World's Greatest盤のKUM BACKのマトリクスは次の写真の通り、レッド・スタンプKUM BACKのマトリックスとそっくりに書かれてある。すなわちWorld's Greatest盤はレッド・スタンプKUM BACKからコピーされたものであることがわかる。

World's Greatest 盤のマトリックス
このWorld's Greatest盤の発売時期はいつだったのか?それに関する当時の情報は少ないがいくつか探し出すことができた。
最も有力な情報として1970年3月7日発売のRolling Stone誌53号の記事がある。内容は「Come Back(原文のまま)という音質の悪いブートレッグがミネソタで出回った」とある。

1970年3月7日53号のRolling Stones誌 「Son's Of "Great White Wonder"」という記事中に書かれてある。
この記事がWorld's Greatest盤のことを指している可能性が高いということを補完する意味で、あるローカル新聞記事を紹介しておこう。
そのミネソタ州のミネアポリスで発行されている、Minneapolis Star 1970年3月 31日付の記事にはミネアポリスのレコード・ディーラーによるとビートルズのKUM BACKというBOOTLEGがかなり売れているとし、ミネアポリス市内の某有名レコードショップではすぐにKUM BACKが400枚売り切れ,「the Stone's『LIVE』」(原文のまま)は200枚を売り切ったという事実を伝えている。

←1970年3月 31日付
Minneapolis Star
この記事中に出てくるミネアポリスのレコード・ショップは1968年~1972年の間、営業していたことがわかっている。つい最近までその歴史を綴ったウェブ・サイトが残っていた。
地元に愛されたよく知られたレコード・ショップだったようだ。そのことからもこの話は信憑性あるものと言える。
この話は場所と時期から前述のRolling Stone誌の記事の関連していると思われるのだが、このKUM BACKが何を指しているかが問題である。果たしてひとつのレコードショップにレッド・スタンプKUM BACKあるいは775のステレオKUM BACKが400枚も入荷するだろうか?
ただ、それらのステレオKUM BACK以外に、加えてWorld's Greatest盤が続いて入荷し販売されたと考えると、これはありえる話である。Rolling Stone誌の記事でも「音質が悪い」としているところがポイントであろう。
World's Greatest盤のKUM BACKは4種類のレーベル色と2種類のレーベルの形状、そしてAサイドとBサイド共に2種類のマトリクスが確認されており、それら複数の組み合わせがあることからも複数回にわたりリプレスされた形跡がある。おそらくレッド・スタンプKUM BACKや775に比較すると、より多いプレス枚数だったに違いない。

またこの記事中の冒頭において、この記事のライターはボブ・ディランの「Great White Wonder」とローリング・ストーンズの「Liver Than You'll Ever Be」についても紹介しているが、このレコードショップの証言の部分においてはローリング・ストーンズのブートレッグを「the Stone's『LIVE』」という表現に置き換えている点である。それはオリジナルの「Liver Than You'll Ever Be」ではなくWorld's Greatest盤と同一ブートレッガーによる「STONES」のことを指しているように思えるからだ。
←World's Greatest盤の「Rolling Stones / STONES」はいくつかのバリエーションが発見されているが、ホワイト・カバーにレッド・スタンプで「STONES」とだけスタンプされているものがある。
この記事が書かれた1970年の3月末となると、レコードだけではなく8-trackテープやカセットテープのコピー商品もかなり出回っていたようだ。実は1月にデトロイトで作られたオリジナル・ステレオKUM BACKは2月にはコピーされていた。私が発見したミシガン州ランシングで発行されている1970年2月4日付Lansing State Journal紙では、カー用品を扱う店の広告中に「BEATLES BOOTLEG TAPE $9.98」とあり3月11日の同紙広告には「The New8track BEATLES BOOTLEG KUM BACK」と書かれてあるのだ。ちなみにこのカー用品店があるランシングは前述のレコードショップがあるミネアポリスからほど近いところに位置している。

←1970年2月4日(左)と3月11日(右)のLansing State Journal紙に掲載された広告(一部ぼかし有)
コピー・テープに関して付け加えると、Rolling Stone誌53号の中にもバッファローで、シングル盤のバージョンとは異なる音質の悪い「Get Back」と「Don't Let Me Down」を収録したのカセット・テープが販売されたと記述されている。
8トラックのテープは日本ではなじみが薄いが、アメリカでは60年代後半から70年代前半まではレコードに匹敵する人気があった。有名なパイレート・ブートレッグ「AΩ」も最初は8トラック・テープでも作られた。すでに1970年2月の時点でKUM BACKのコピー商品がこのエリアで作られていたことには間違いないのである。
「SILVER」もKUM BACK同様World's Greatest Records によってコピー盤が作られ、オリジナルのものよりコピー盤のほうがのちのち広く知れ渡ることになる。
一方、西海岸では3月に入ると格段に音質のよいGet Back(Lemon)とGet
Back To Torontoが出回り、これらはさらに広く多く出回っていった。
今一度、セクション5で示した地図で位置的関係を表してみたい。

① ニューヨーク州バッファロー WKBW による1969 年 9 月 20 日の放送
② マサチューセッツ州ボストン WBCNによる1969 年 9 月 22 日の放送
③ オハイオ州クリーブランド
WIXY-1260による1969年9月25日頃の放送、そして1月中旬にKUM BACKが店頭に並んだとされる
④ ミシガン州デトロイト レッド・スタンプKUM BACKがプレスされた
⑤ イリノイ州シカゴ (おそらく)ブルー・スタンプKUM BACKがプレスされた
⑥ ミネソタ州ミネアポリス World's Greatest盤KUM BACKが多く出回った可能性大
地図上の位置関係からすると、当然ではあるが放送があった東海岸のエリア付近でブートレッグは製造され、近接する地域でコピーされていったが、この現象を顧みるとオリジナルのステレオKUM BACKの販売は短い期間に、数的にも少ないものだったと言え、追随して発売されたコピー盤や西海岸のブートレッグの波によって、その存在がかき消されてしまった感が否めない。