ビートルズ・ブートレッグ55年目の真実

                                                                   デッカ・テープス 総論

(Outline of "Decca Tapes")

セクション13 「In Person – Sam Houston Coliseum」と「Live From The Sam Houston Colosseum」

   Section 13  「In Person – Sam Houston Coliseum」and「Live From The Sam Houston Colosseum」


「NO.3 Abbey Road NW8」と「Rock'N'Road」が発売になった1979年から、さかのぼることちょうど1年前、Beatlesの未発表ライブ音源を巡って、前述のP氏は別のブートレッガーとちょっとしたトラブルを起こしていた。

 そのブートレッガーとは1976年よりTobe Milo Productionのレーベル名で活動を始めていた、Tobe Milo のMilo氏との間で起こったことだった。

 もしも、Beatlesのブートレッグ・コレクターであるならばTobe Miloの名を知らない人はいないだろう。Tobe Miloのブートレッグは今もって人気があり、高値で売買される希少性の高いレコードばかりである。

意外と知られていないが、「Tobe Milo」は4人からなるブートレッガーで、「To」「Be」「Mi」「Lo」とそれぞれ4人の名前の頭文字2つを連ねてつけられたものだ。

 この「Sam Houston」ライブを巡る話は1991年の「the 910」に掲載された「Tobe Milo Archives」の記事中に出てくる話である。(参照→Mr. Audifonと呼ばれた男

 そしてここで使われている仮名「Mr.Milo」とは前述の名前の頭文字2文字が「Mi」にあたる、Tobe Miloのリーダー的存在であった人物である。(このウェブ・サイトでは彼のことをMilo氏と表す)

 さて、その記事によると、Milo氏側のある人物が1965年8月19日の「Sam Houston Live」のマスター・テープを手に入れた。

 当初Milo氏はそれをLPでプレスすることを前提に、マテリアルを小出しにするやり方で、先だってEP盤「In Person Sam Houston Coliseum 」(XMILO 5Q 1/2)を制作したのである(詳細→SH01)。そこには「Introduction」及び、「Dizzy Miss Lizzy」と「Ticket To Ride」が収録されていた。リリースは1978年7月であったと書かれている。

↑写真 「In Person Sam Houston Coliseum 」(EP, SH01)プロモーション的な意味合いで、最初にプレスされたEP盤。500枚限定プレスとあるが、実際には2500~3000枚プレスされたという。

 このリリースがあった後、どうやらP氏とMilo氏の間に接触があったようだ、それはおそらくP氏側からの接触で、直接的であったか、間接的であったかまではわからない。少なくとも取引があったようであり、910の本文中ではその関係を「Loose Partnership」と表現されている。

 Milo氏はマスター・テープのコピーを提供し、それをもとにP氏は「Live From The Sam Houston Colosseum 」(BVP006、詳細→SH03)を制作した。Milo氏との取り決めでプレスの一部はMilo氏側へ引き渡されることになっていた、がしかし、それにP氏側が応じなかったというのである。

↑写真上 「Live From The Sam Houston Colosseum 」(BVP006, SH03/04 / SH05 / SH06 Milo氏側から提供されたマスター・テープでプレスされた。昼の部と夜の部が収録されている2枚組LP。

↓写真下 「Live From The Sam Houston Colosseum 」のスタンパーを使い、様々なリイシュー盤がプレスされた。(SH07SH08 / SH09/ SH10 / SH11 / SH12 /SH13

 Milo氏は当初より、約束どおりに取引が行われなかったときのために別のプラン(作戦)を考えていたという。その作戦とは、実はMilo氏はP氏にテープ・コピーを渡す際、故意的に、イントロダクションの一部をカットしたテープを渡したのだという。そしてこのような事態が起こった時に、ノーカットのイントロダクション・バージョンのLPを制作することを考えており、まさにその通りMilo氏は「In Person - Sam Houston Coliseum - Thurdsday August 19th, 1965」(XMILO 10Q、詳細→SH02)を製作・リリースした。

 P氏はそれを知り、いったんは怒りを露わにしたらしい。しかしその後、P氏は約束通り一部プレスしたレコードを送ってきたという。

↑写真 夜の部のみを収録した、シングルLPの「In Person Sam Houston Coliseum 」(XMILO 10Q、詳細→SH02)こちらにはIntroductionがノー・カットで12分33秒収録されている。「Live From The Sam Houston Colosseum 」(BVP006, SH03)のほうは一部カットされたマスター・テープだった。

 私はこの話の内容から、1979年にちょうど似たようなトラブルがP氏とPope氏の間にも起きたのではないかと想像した。そしてそれは「The Decca Tapes」や「No.3 Abbey Road NW8」を巡ってのことで、少なからずPope氏からのデッカ・オーディション・テープを15曲全て収めた「The Deccagones」リリースに影響を与えたのではないかとも想像したのである。そこで1976年からの3年間、Joe Pope 氏、Wizardoグループ、そしてTobe Milo Productionの3者がリリースしてきたブートレッグ音源を分析してみた。

 ・・・しかし、その結果はあまりにも想像したものとは異なっていた。


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