
ビートルズ・ブートレッグ55年目の真実
デッカ・テープス 総論
(Outline of "Decca Tapes")
セクション18 正規盤としてリリースされた「デッカ・テープス」
Section 18 (Legal or illegal ? )
1979年のCircuit盤「The Decca Tapes」以降、次々とCircuit盤からのコピー・ブートレッグが出回るようになった。しかし、これはあくまでブートレッグを扱うマーケットでの話だった。ところが、1981年「Dawn Of The Silver Beatles(PAC records /UDL 2333)」 というビートルズのデッカ・オーディション・テープを収録したレコードが発売され話題を呼んだ。

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1981年4月5日アリゾナ・リパブリック紙
「Dawn Of The Silver Beatles(PAC records / UDL 2333」 (DAWSIL1) は、発売されると、メディアで取り上げられ話題となった。
「Dawn Of The Silver Beatles」は大々的に広告を掲載し(Rolling Stone Magazineであったと言われている)堂々と通信販売を始めたのである。ブートレッグ盤とは異なり、各メディアからも注目を浴びた。(写真上は1981年4月5日アリゾナ・リパブリック紙)
ただこのレコードには15曲ではなく10曲ほどしか収録されていない。レコードとともに注文書が入っていて、残りの5曲が聞きたければ、それをレコード会社に送り、「Lightning Strikes Twice」というタイトルのA面に残りビートルズの5曲が収録され、B面にはエルビス・プレスリーの曲が入っているレコードを注文しなければならないという奇妙な方法をとらねばならないレコードだった。
1982年にはBackstage Recordsから3枚組の「Silver Beatles / Like Dreamers Do(BSR-1111)」がリリースされた、こちらもデッカ・オーディションは10曲しか収録されていない。その他にピート・ベストのインタビューや1964年と65年のいくつかの会見の内容が収録されている。3枚のうち2枚がピクチャー盤で、1枚がホワイト・カラー・レコードだったが、2枚の内容は全く同一の収録曲で3枚組であった。このレコードは広く小売店で販売され、当時日本でも輸入盤店では必ずと言っていいほど入荷していた。
これらのレコードを皮切りに、以降数多くのデッカ・オーディション・テープをソースとした正規であるのか違法であるのか明確な区別のない、グレーなレコードがリリースされた。日本でも「Silver Beatles」のタイトルでトリオ・レコードからとテイチクのOverseasというレーベルから発売されている。
これらのグレーなリリースは、いわば録音当時ビートルズがどこのレコード会社とも契約をしていなかったという抜け道、つまり所有権が誰にあるのか明確ではないということがひとつの原因だった。
また、これらには15曲すべてが収録されていなかったという共通点もあった。それは「Lennon - McCartney」による「Like Dreamers Do」、「Hello Little Girl」、「Love Of The Loved」3曲の収録を避けているケースがほとんどだった。これは著作権の問題に触れる可能性を回避したためと言われている。
1981年4月のPAC Records発売以来、メディアの報道も常にアップデートされ注目を浴びていたのは間違いなかった。しかし、論調は懐疑的だった。1981年5月16日付の The Atlanta Journal 紙 はPAC Records盤をいち早く紹介したが、サウンドは海賊盤と同じであると書いている。また、1982年5月29日付のビルボード誌は「Silver Beatles Like Dreamers Do」を詳しく紹介し、10曲のマスター・テープがいくつかの仲介業者を通してきたものだが、中には確認の取れなかった会社も存在していたという事実を報じた。
その後、Backstage Recordsが使用したと思われるマスター・テープは2012年にイギリス「Fame Bureau」開催 のオークションに出品され35,000ポンドで落札された。(参照→LDD2)
また、アメリカのAudiofidelity Enterprises が制作したThe Complete Silver Beatlesには「Licenced By Ultra Sound Co. INC 」と表記されていたが、Circuit盤「The Decca Tapes」からのコピーであった可能性が高く、以降同じように、この表記のあるレコードは同様に(コピーされた)マスターを使用したと思われるが、中にはThe Complete Silver Beatlesからのさらにディスク・コピーされた粗悪なものも存在している。(参照→ComD1)
つまりは「Deccagones」や「The Decca Tapes」を持っているファンにとってはほとんど意味のないものだったのである。
1980年代にこのような状況(法の抜け道を通ったグレーなレコード・リリース)が続く中、ビートルズ側は一手を打つことになる。
1988年4月、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、そしてジョン・レノンの未亡人オノ・ヨーコの弁護士はロンドンにおいて、当時イギリスで出回っていた「Decca Sessions」を発売した「Charly Records」に対し販売を停止する訴えを起こした。
そしてアメリカのThe Monitor紙は1988年7月3日付で、次のような内容の記事を掲載している。「ローリングストーン誌によると、イギリスでチャーリー・レコードはアルバムの製造を中止することに同意し、和解または裁判が成立するまでレコード店からすべてのコピーを撤去した」という。そしてアメリカでは、ビートルズの弁護士たちが同様に、日本の会社(テイチク・レコード)が製造した「シルヴァ―・ビートルズ」というタイトルのCDの販売を差し止めようとしている」という内容であった。

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「The Decca Sessions 1.1.62」(DeccaS)
1987年の終わりごろヨーロッパで登場した、アナログLP、カセット、そしてCDも製作された。「TOPLINE Records」というレーベルだが、ライセンスは「Charly Records」という会社になっている。1988年4月、ビートルズ側はロンドンで、販売停止の訴えを起こし、その後「Charly Records」側は同意した。

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左:LP盤「シルヴァー・ビートルズ」(UXP-762-V )発売は1982年
右:1986年になって発売されたCD盤「シルヴァー・ビートルズ」(30CP-55)
どちらもOverseas Records というレーベルで発売された。そして、ライセンスは「JIMCO INC. / SAN JUAN MUSIC GROUP」となっている。アップル・コープ社は1988年8月頃に訴えを起こした。
テイチクが発売した「シルヴァー・ビートルズ」(Overseas Records /レコード:XP-762、CD:30CP-55 )は写真のように「Licensed by JIMCO INC. / SAN JUAN MUSIC GROUP」という表記があり、この会社からのマスター・テープによって製作されたことを意味している。そして事実、この後メディアは次のように報じている。
ニュージャージー州の「Courier紙」は8月26日付の記事の中で、ロンドンに拠点を置くアップル・コープ社の代理人を務めるポール・リカルシ弁護士は、ある海賊盤CD8枚に対し訴えを起こしたのだが、その中には、デッカ・オーディションテープの他、1962年にハンブルクで行われたライブ演奏の音源が含まれていた。そしてその訴訟では、被告としてニュージャージー州の数名の個人名が書かれている他、「シルヴァー・ビートルズ」のライセンス表記にあったサン・ファン(SAN JUAN)・レコード・アンド・テープ・クラブ社とミュージック・レント社の名が書かれていた。

↑写真 左は1988年4月27日付Peninsula Daily News紙(Washington)、「Charly Records」による販売に差し止めの訴えを起こしたことを報じている。中央は1988年7月3日付 The Monitor紙 (Kansas City) に掲載された記事、「Charly Records」が販売停止と撤去に同意したことと、ビートルズ側弁護士はさらに日本で発売されたテイチクのCD販売差し止めの訴えを起こす意向であると伝えている。写真右は1988年8月26日付Courier紙 (New Jersey)、アップル・コープ社がCD8枚に対し訴訟を起こしたことが報じられているが、その相手には「シルヴァー・ビートルズ」のライセンス表記にある「SAN JUAN」の名もあがっている。
そして結局のところ法的にはビートルズ側が所有権をもつことに落ち着いたのだが、そもそもここに至るまで誰が所有権を持っていたのかという点は結論にいたらず、いわゆるグレーなレコードやCDがどのようなマスター・テープから製作したのかということもわからずじまいだった。しかしながら、少なくともこれらの訴訟を境にいわゆるグレーなレコードやCDのリリースは無くなっていった。
そして1995年の「Anthology1」にて初めてオフィシャルな形で5曲のみリリースとなった。

← 写真 「Anthology 1」(1995年)
「Searchin' 」「Three Cool Cats」「 The Sheik Of Araby」「 Like Dreamers Do」「 Hello Little Girl」の5曲が収録された
この正式リリースに至るまで、ブラック・マーケットでは大きな動きがあった。大きく影響したのは、1980年代後半からCD化(デジタル化)の波が押し寄せたことであるった。
1991年Yellow Dogというメーカーから「The Original Decca Tapes & Cavern Club Rehearsals」(YD011)というCDが登場したのである。ついに「デッカ・オーディション・テープ」はアナログではなく、マスター・テープからデジタルで収録された。もちろん音質は格段に良くなった。(EMIの手に渡る前にYellow Dogがコピーしたという説がある)

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左:Yellow Dogによる「The Original Decca Tapes & Cavern Club Rehearsals」(YD011)、1991年発売
右:Vigotoneによる「March 5, 1963 Plus The Decca Tape」(VT 123)、1994年発売
しかし、一つの欠点があった、ピッチがやや早かったのである。数年後、「The Ultimate Collection - Volume 1」(YDB1001/4)というBOXセットの中に、「The Early Years, 1962, Decca Tapes Revised, Right Speed」という形で入り、またCD単体でも「The Decca Tapes, Speed Corrected」(YD061)というタイトルで発売された。
その後、ブートレッグCDは何種類も登場したが、基本的にYellow Dogの音を利用したものだった。1994年のVigotoneからリリースされた「March 5, 1963 Plus The Decca Tape」(VT 123)も同じだが、最新のマスタリングによって若干の音質の向上があった。
1995年のAnthology1以降は、なかなか魅力的な内容のタイトルはなかなか登場しなかったが、2009年Misterclaudelから「Historical Decca Audition Tape」(MCCD119)という興味深い内容のCDが登場した。ここには2つのバリエーションが収録されており、一つは「Joe Pope's Deccagone Single Masters」とタイトルされている。もう一つは「Circuit LP Version」というものであった。今もって、最初に発売されたDeccagoneのシングル・シリーズの音を求めるファンが多いことと、なんといっても聞きなれた「Circuit盤」の音を好むファンがいるということなのであろう。

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MisterClaudelによる「Historical Decca Audition Tape」(2009年)
↓写真 2024年に「Second Records」から発売されたLagoonカラー
レコード、やはりフロント・カバーはCircuit盤と同じ

1979年の「デッカ・テープス」騒動から時は過ぎた。いまだにデッカ・テープスのブートレッグ・リリースはとどまるところ知らない。何種類のデッカ・テープスがあるのか、数える気にもならないくらいである。右上の写真は2024年ヨーロッパ製の、Lagoonカラーでプレスされたブートレッグである。Circuit盤のカバー・デザインは「The Decca Tapes」の代名詞となり、どれだけ利用されたことだろうか? もしもCiucuit recordsが海賊盤では無くカバー・デザインの著作権を得ていたならば、とてつもない印税が入っていることになっただろう(!?)。
The End

