
ビートルズ・ブートレッグ55年目の真実
1979年 Circuit Decca Tapes の背景
こちらの(→詳細)ページにもリストしたが、DecT22~24はホワイト・カバーにステッカー、そしてその一つにはスタンプが押されている。また中に入っているレコードはPODレーベルあるいは11月にプレスされたピクチャー盤であった。これらの制作はいつ行われ、なぜこのような仕様になったのか?ここでは1979年のこれらCircuit盤による「The Decca Tapes」発売の背景についてまとめた。
まず、カバーの特徴から解説すると、1970年代後期から、Wizardoグループではおよそ2種類のジャケットが使用された。一つは厚みがあり内面がグレーのもの。このタイプのカバーを使用するときは、B/Wの印刷か、またはスリックを使用している。一方、デラックス・カバー、特にカラー印刷のジャケットの際は、薄手の内面が白いタイプを使っている。(注:薄手の内面が白いタイプのカバーが使用される1970年代の終わり頃より前では、内面がグレータイプのカバーにカラー印刷されたケースもある)


さて、DecT22~24まですべてに貼られたステッカーだが。うち2つは、結果的に台紙となっているブルーのステッカーの上に貼られている。これはよりステッカーを目立たせたいと考えたからであろう。つまりこの仕様ではステッカーありきで製作したのではないだろうか。
次に下の写真を見てほしい。これは未使用の「デッカ・テープス」のオリジナル・ステッカーである。写真左側は表面、右側は裏面である。裏面をみてわかるように「MACbak」とプリントされているが、「MACbak」はアメリカの大手ステッカー及びシールのメーカーである。私はこの未使用品を入手したとき、当初は、ブートレッガーが「MACbak」社へステッカーの制作を受注したのではないかと思った。もし、そうだとすると大胆にも大手メーカーに大量注文したのではとも考えたのだが、よく見ると、その推察は間違っていることに気が付いた。今度は右下の①~③の番号がついている写真をみてほしい。
↓写真 デッカ・テープスの未使用ステッカー。左が表面、右が裏面。

写真(→)の①と②は上記、未使用のステッカーと同じものである。③はDecT06に付いていたステッカーである。矢印部分に注目するとそれぞれに「S」の頂点に位置する黒いラインの停止ポイントが異なっていることがお分かりだろうか。つまり、それぞれ印字位置にズレが生じているのである。また、①の下部、空白部分が他よりも大きい。これはそれぞれステッカーのカットが均一ではないということである。

私はかなりの数、ピクチャー盤に貼られているステッカーを確認したが、それぞれほぼ同数に①~③までのタイプが確認できた。以上のことより、私はこのステッカーを「MACbak」社へ受注したということは有り得ないと思った。もしも大手メーカーが制作したなら、もっと一枚一枚が均一で印刷の精度が高いはずである。そこで、また調べたところ、下の写真のような同じ「MACbak」社製の無地のステッカーが売られているということが分かった。全く同じものかどうかはわからないが(異なるサイズもあると思う)Circuit Recordsはこのような無地のステッカーを購入し、自分たちで印刷したのではないか?

↑写真 MACbak社製の無地のステッカー。Wizardoは時として既製品を使用することがある。代表例がジョン・レノンの「A Guitar's All Right John But You'll Never Earn Your Living By It.」のインナー・スリーブ。大手製紙メーカーのSt. Regisの紙袋を使用している。

もし、そうであるならば当初の推測とは違い、ステッカーはむしろ少数の制作であった可能性が高い。実はそう考えると辻褄はあう。というのも、DecT22~24すべてにステッカーは付いているが、これら仕様盤はレアで少数であることはわかっている。そしてピクチャー盤に使用されたケースにおいても、むしろ貼られていないタイプの方が多い。
ということは、そもそもこのステッカーはDecT22~24のために制作したもので、余りが生じたため、ピクチャー盤の一部に貼ったのではないだろうか。参考までに、この後、1979年にWizardoが製作した、カバーにステッカーのみが貼ってあるタイプのブートレッグ「Eat Meat On Stage」(NBRC-100)を紹介する。
次にカバーに封がされていることに関して、まず頭に浮かぶことはWizardoが最初に製作したPink Floydのブートレッグである。彼は何かしらカバーやインサートなどの付属品によって付加価値をつけようとする。私の個人的な印象だが、Wizardoにとって聖杯(Holy Grail)であったこのレコードに特別な思いがあったことの表れではないか。
← 写真 上段は「Pink Floyd / The Miracle Muffler」の開封部分
下段は、非常にレアなブートレッグで、Wizardoによる「James Paul McCartney」。スリックは折り返されバックへ貼り付けられている。封を開けなければレコードは取り出せない。
中には「Gotta Sing Gotta Dance」(WRMB342)が入っていた。
さて、次はDecT24に押されたスタンプについてだが、実は1978年頃よりWizardoグループのブートレッグには、「Advance Copy」という形で先行販売されたタイトルがある。これらのAdvanced Copy盤には固有のスタンプが押されたり、スリックのみのカバーだった。
↓写真左「Tom Petty & The Heartbreakers / Tearjerker」(Record Plant, New York / April 22, 1978)写真右は「Patti Smith Group / You Light Up My Life」(Santa Monica Civic Center / May 12, 1978 )どちらも上段がAdvanced Copy盤、下段がそのあとに同一スタンパーでプレスされた、デラックス・カバー盤。




写真上(↑)はDevo / Live In San Francisco 1978、こちらは別タイトルで同マトリックスのスリックも見つかっているようだが、それは極小プレスのようである。
写真左(←)は「Bruce Springsteen / E Ticket」、上段はスリック・タイプだが、「Advance Copy」とスタンプされたタイプも見つかっている。下段は同じスタンパーでプレスされたデラックス・カバー盤。
Advance Copy盤を製作していた理由は様々なことが考えられる。売れ行きや反応を見ながら、その後のデラックス・カバー盤のプレス枚数などを決めていたといったところが大きいかもしれない。
しかしながら、DecT22~24の仕様は、上記のAdvance Copyとしての意味合いと、もうひとつ別の意味があったと考えられる。それはそもそも、デラックス・カバーの制作、つまりはカバー印刷そのものを避けていた可能性があるのだ。
1977年キース・リチャーズはカナダのトロントでヘロイン不法所持にて逮捕された。しかし、盲人のためのチャリティー・コンサートを行う条件で、無罪判決となる。1979年キースはロン・ウッドらと共に「The New Barbarians」というバンドで4月よりコンサート・ツアー行うことになるのだが、話題性も手伝いブートレッガーの標的にもなった。
写真下(↓)は「The Vegetarians / Eat Meat On Stage」(NBRC 100)というタイトルのブートレッグだが、The New Barbariansの1979年5月2日のラーゴでのコンサートを収録してある。

このブートレッグはWizardoによって製作されたものである。2024年に発売された「Stories Of A Bootlegger Book 」の中にはこのブートレッグについて興味深い事実が語られている。
Wizardoは 「Squeaky Boy 」、「Tom B 」らとこのコンサートを録音したという、しかしプレス、ステッカー制作などは自分で行い、500枚も制作しなかったと語っている。

そして、「どこへ送られたかはわからない」としながらも、「たぶんFar East(極東)だろう」とも言っているのである。なぜこのブートレッグはステッカーだけのカバーとなり、しかもアメリカ国内では販売せず販売ルートを極東にしたのか?
←写真
「The New Barbarians / Barb Wired Tour」上記 Eat Meat On Stage のリイシュー。Side1のマトリックスは新たなものだが、Side2は同一スタンパーである。
しかし、年が明け1980年になると、新装スリックでこのレコードは再発された。タイトルは「The New Barbarians / Barb Wired Tour」となった。
もう一つの事例を挙げよう「The New Barbarians 」のライブで非常に人気の高いタイトルの「BLIND DATE」である。「C.N.I.B. Benefit Concert」と銘打たれた4月22日、 Oshawaでのコンサートを収録してある。ポピュラーなタイプは写真下の、キースが写っている赤みがかった、デラックス・カラー・カバー・タイプのもので、これは1980年に広く出回った。

←写真
「The New Barbarians / BLIND DATE」
これは1980年になってからリイシューされた、デラックス・カラー・カバータイプ。
↓下写真
1stプレスと思われる(そうスタンプされている)スタンプ・カバー盤は限定1000枚の、PODレーベル盤。
スタンパーは同一。

しかし、それ以前にも(おそらく1979年中)このアルバムは既にリリースされていた。1stプレスは、前述のAdvance Copy盤のような、ホワイト・カバーに小さなスタンプがされているもので、中のレコードはPODレーベルである。そしてスタンプには初版1000枚と書かれている。さらに、このスタンプ・カバー以外にも、固有の別スタンプ、あるいはA4サイズのスリックが数種類確認されている(写真下)。ほとんどはPODレーベル盤だが、中にはグリーン地のAudifön Recordsレーベルのものあった。時期的にも「The Decca Tapes」と重なり、スタンプもあればスリックもといったように、少数ずつ仕様を変えている点は「The Decca Tapes」と共通するところがある。

←写真 「BLIND DATE」のバリエーション。スタンプ・カバーと数種類のスリック・カバー。中に入っているレコードはほとんどがPODレーベル盤で、まれにグリーン地のAudifön Recordsレーベル盤。マトリックスはすべて同一。
少量ずつ仕様を変えていく点、カバー印刷はしない点、そしてPODレーベルと「The Decca Tapes」との共通点は多い。
さて、Wizardoグループによる1979年製作のブートレッグは、どうもデラックス・カバーの印刷や、大量のプレスを控えていた感があるのだ。この最大の要因として考えられることは1979年6月にあったVicky Vinylへの大規模な押収と強制捜査ではないだろうか。最初に行われた押収は6月8日と9日だった。押収物は合計12トン。当時の記事を見るとその中には「Rolling Stones / A Summer Romance」、「Beatles / Indian Rope Trick」、「Eric Clapton / Snow Head」といったタイトルがある。そして7月にはCBSとブルース・スプリング・スティーンはVickyら4人を相手取り民事訴訟を起こした。最終的には1980年の末に裁判所はVickyに約5億円の支払いを命じた。1980年末のビルボード誌に掲載された記事に目を通すと、その裁判所に提出された証言録から、1979年の強制捜査前後で少なくともFBIはVickyからジャケット制作を依頼された、業者と人物、3箇所以上に事情聴取を行っている。そしてもちろん、Wizardoグループが頻繁に利用していた「L」というプレス工場にもFBIは入っており、そのオフィス・マネージャーも訴えられた一人なのである。
当然のことながら彼らは大っぴらなブートレッグ製作は控えた事だろう。あるいは今までとは別の方法やルートを模索したことだろう。「The Decca Tapes」や「BLIND DATE」「Eat Meat On Stage」そしてその他この頃プレスされたタイトルに見られる現象はこの大きな事件の余波を受け、余儀なくされた結果と考えられるのである。(参照→デッカ・テープス 総論 「Section 9 最大規模の強制捜査」)
ただしかし、このような状況の中で例外もあった。それは1979年の夏に発売された「No.3 Abbey Road NW8」だった。これはMr.Audifonと呼ばれる、まさに「The Decca Tapes」や「BLIND DATE」の製作に大きく関与していたと思われる人物によるものである。「No.3 Abbey Road NW8」発売の詳細とその特殊性は「デッカ・テープス 総論(Outline of "Decca Tapes")」の本文中にアップ・デートする予定である。
